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プロレス


テレ朝三谷紬アナ「泣きすぎてどうにかなりそう」新日本社長棚橋弘至26・1・4引退表明に衝撃
 この日、東京・両国国技館で開催された新日本プロレス両国大会で、社長の棚橋弘至(47)が26年1月4日をもっての引退を表明したことに反応し「た、棚橋さ…
(出典:日刊スポーツ)



1 おっさん友の会 ★ :2024/10/14(月) 20:22:19.52 ID:gSk1ZygV9
新日本プロレスのエースとして長年活躍し、社長も務める棚橋弘至(47)が、2026年1月4日東京ドーム大会で現役を引退すると14日に発表した。

この日の東京・両国国技館大会でデビュー25周年記念試合に出場。海野翔太&エル・ファンタズモとのトリオで「ハウス・オブ・トーチャー(H.O.T)」のEVIL&高橋裕二郎&金丸義信と対戦した。勝利を収めた直後のリング上でマイクを握ると、「棚橋のゴールを決めました」と約1年3か月後の26年1・4ドームでの現役引退を表明した。

東スポWeb 2024/10/14 19:02
http://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/320192

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「全然イメージ違う」 『極悪女王』ジャガー横田演じた女優、最新ショットに「めっちゃ可愛い」の声
…『極悪女王』でジャガー横田演じた水野絵梨奈 ダンサーで俳優の水野絵梨奈が2日までに自身のインスタグラムを更新。Netflixシリーズ『極悪女王』でジ…
(出典:ENCOUNT)



1 muffin ★ :2024/10/03(木) 15:05:44.91 ID:BiRd56i+9
ジャガー横田「プロレスにブックなんて言葉はありません。どんな意味なのかも知りません」話題の『極悪女王』をブッタ斬り!
10/2(水) 11:46 集英社オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/c3f3d97cca8dcb92bb21e7438bec8b8057d915f7

『極悪女王』に物申すジャガー横田さん

(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)



“女子プロレスのレジェンド”ジャガー横田が現在、話題沸騰中の1980年代の全日本女子プロレスで「全国民の敵」と呼ばれたダンプ松本の知られざる物語を描いたNetflix『極悪女王』をどう見たのか。後編では、「フィクション」と前置きされているドラマで繰り返されるセリフ、さらに作品で描かれている「髪切りマッチ」の秘話などについて明かしてくれた。(前後編の後編)

48年のレスラー人生で「ブック」なんて聞いたことない

『極悪女王』では、全日本女子プロレス(全女)を経営する「松永三兄弟」の松永高司(村上淳)、国松(黒田大輔)、俊国(斎藤工)が試合について話し合う時に「ブック」という言葉が頻繁に出てくる。

「ブック」とはどういう意味なのか? ジャガーに尋ねると即答した。

「どんな意味なのか全然知りません。ドラマでは何か試合に『勝て』『負けろ』って言うときに使われていましたけど、そういうことの専門用語なんですかね?」

そして続けた。

「だけど、そんな専門用語はありません。私はこの世界に48年間いますけど使ったことがないです。この世界で一番古い私が使ったことないんだから、現実の世界にはない言葉です。ドラマの中で作った言葉だと思います」

フィクションで描かれた『極悪女王』は、物語がプロレスは事前に勝敗が決まっている前提で進んでいると受け止められるシーンが散りばめられている。

「フィクションとしての物語だからいろんな作りをしてもいいと思うんですけど、見ている方たちがあの物語を全部、本当だと思われたら私は残念に思うところはあります。

プロレスは、八百長と思っている人もいるし、真剣勝負だと見ている人もいます。そこは見ている方々の自由でいいし見ている方が決めてください。

ただ、言えることは、プロレスには“受けの美学”があります。勝負は、3カウントを取り、ギブアップを奪うところだけだと思われがちですが、レスラーにとってリング上で出す技の一発、一発が勝負です。

攻撃力のない人は攻撃できないし、気が弱い選手は、やられっぱなしになります。技を受けたら次にやり返せばいい。そこに最低限のルールはあります。

だから、プロレスは決まったルールに基づいて戦う勝負だと私は考えていますしファンのみなさんにはレスラーがリング上で純粋に真剣に頑張っていることを感じ取ってもらいたいですね」

セリフで表現される「ブック」という言葉に疑問を投げかけたジャガーだが『極悪女王』には「本当のことを物語っていることもある」と明かした。

(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

前スレ
2024/10/03(木) 05:49:13.89
【芸能】ジャガー横田「プロレスにブックなんて言葉はありません。どんな意味なのかも知りません」話題の『極悪女王』をブッタ斬り! [湛然★]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1727902153/

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ナイツ塙 「毎週ゴールデンでやって欲しい」五輪種目は?「かまいたちの番組1個、減らして…」
 お笑いコンビ「ナイツ」塙宣之(46)が27日、TBSラジオ「ナイツのちゃきちゃき大放送」(土曜前9・00)にパーソナリティーとして生出演し、26日…
(出典:スポニチアネックス)


塙宣之のサムネイル
宣之(はなわ のぶゆき、1978年〈昭和53年〉3月27日 - )は、日本のお笑いタレントであり、ナイツのボケ担当である。一般社団法人漫才協会会長。創価学会員である。 身長173センチメートル、体重69キログラム。マセキ芸能社所属。相方は土屋伸之。 3人兄弟の三男。お笑いタレントのはなわ( 尚輝〈はなわ…
17キロバイト (2,012 語) - 2024年6月1日 (土) 13:33

1 ネギうどん ★ :2024/07/28(日) 10:23:11.80 ID:MyeLKIYu9
 お笑いコンビ・ナイツの塙宣之が7月23日放送の「ナイツ ザ・ラジオショー」(ニッポン放送)で、大御所芸人・西川のりおに「老害」と言い放った霜降り明星・粗品に“便乗”した。

 塙は、相方・土屋伸之とともに20日深夜に放送された「27時間テレビ」(フジテレビ系)内の「さんまのお笑い向上委員会」に生出演し、総合司会を務めた粗品らとともに大盛り上がりのトークを繰り広げていた。

 宮迫博之を始め、多くの先輩タレントに対する暴言で賛否を集めている粗品が、自身に苦言を呈していた吉本の大先輩・西川のりおや歌手・嘉門タツオらの名前を出して「老害」と口撃。これを受け塙は「粗品が言いすぎちゃうから。色んな人の名前を言うんだけど、嘉門タツオが何とか」と手がつけられない粗品の言動を振り返りつつ、「あいつが唯一正しいのは、西川のりおは老害です。これだけは」とひとくさり入れたのだ。

「西川は昨年12月12日放送の同番組にゲスト出演しており、塙が2018年大会から任されている『M-1グランプリ』の審査員について、『僕は審査員を辞めた方がいいと思う』と提言しています。その理由として、ナイツがM-1に11回にわたって出場しながら最高順位が3位と優勝できていない点を挙げ、西川は『ナイツは(優勝を)獲れなかったじゃん? いっぺんは目指したわけよ。目指して獲れなかったら、辞めるべきやと思うのよ』と話しています。実際、中川家・礼二やサンドウィッチマン・富澤たけしらは、過去にM-1王者になっていますからね。今回、あくまで粗品の発言に被せた形にしていますが、“西川のりおは老害”というのは塙の本音なのでしょう」(テレビ誌ライター)

 もっとも、そのやり取りが大きな反響を呼び、今年5月には大阪で「西川のりおvsナイツ塙〜60分1本勝負〜」と題した対決形式のトークライブが開催されている。次なる共演時、塙と西川がどんな舌戦を繰り広げるのか、大いに注目したい。

https://asajo.jp/excerpt/219348

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木戸修さんの功績を称え、彼の遺産は永遠に尊重されるべきです。
彼の娘である木戸愛さんもゴルフの世界で活躍していますが、お父さんの影響を強く受けたことでしょう。心からお悔やみ申し上げます。

1 征夷大将軍 ★ :2023/12/14(木) 17:31:42.66 ID:vScP7ghR9
日刊スポーツ2023年12月14日17時5分
https://www.nikkansports.com/battle/news/202312140000643.html

新日本プロレスで活躍し「いぶし銀」として知られた元プロレスラー木戸修さんが死去したことが14日、分かった。11日の午後10時過ぎ、神奈川・横須賀市内の病院で亡くなった。73歳だった。同日、容体が急変し、自宅から救急搬送されて息を引き取った。

関係者によると、数年前から、がんを患っており、抗がん剤治療などを受け続けていたという。

娘にはツアー1勝のプロゴルファー木戸愛(33)がいる。遺族の意向で、通夜・葬儀は近親者のみで執り行う。

68年10月に日本プロレスに入門し、69年2月にデビューした木戸さんはアントニオ猪木、藤波辰爾らと日本プロレスを退団し、72年3月、新日本の旗揚げメンバーとして参加。75年6月に藤波とともに海外修行でドイツに渡って8カ月間、参戦。その後、米国で「プロレスの神様」カール・ゴッチからレスリング技術を学んだ。帰国後はグラウンド(寝技)テクニック、関節技を中心としたファイトを展開し、84年から第1次UWFにも参加。85年に新日本に復帰すると、86年8月には前田日明とIWGPタッグ王座も獲得した。

90年2月には全日本プロレスとの対抗戦で木村健悟と組み、ジャンボ鶴田、谷津嘉章組と対戦。92年からは天龍源一郎率いるWAR勢との対抗戦でも実力を発揮した。01年11月、横浜文化体育館で33年間の現役生活に終止符を打った。その後、コーチとして新日本に残り、現在、米プロレス団体WWEのトップレスラーとして活躍する中邑真輔らを育成した。

現役引退後、ゴルファーを目指した娘・愛の育成も力を注ぎ、ジュニア時代は車の送迎役も買って出た。プロとなった愛のツアーにも帯同し、送迎などを担当しながら18ホールを歩いて応援。自宅でトレーニングを続けていることも明かしていた。

また一時的に現役にも復帰。05年にはビッグマウス・ラウド、08年6月には全日本プロレスで、西村修、松田納(エル・サムライ)とのユニット「オサム軍団」として出場。10年2月にはアントニオ猪木が旗揚げしたIGFにも参戦していた。

【【訃報】新日本プロレス界の伝説的存在、木戸修さんが73歳で永眠 キド・クラッチの名勝負に追悼の声が殺到】の続きを読む

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