理由としては大きく二つある。一つは、まとまった時間が確保されていることだ。例えばのぞみ号では、東京―新大阪間で約2時間半、短くても名古屋―京都間で約35分もあるそうだ。「到着するまでに終えなければ」という適度な焦燥感にかられながら効率よくタスクをこなすことができる。

もちろんハードな仕事終わりの移動時間に寝ることができないのは体力的に大変であろう。しかし、家に帰って落ち着いてしまってからいざ取り組もうとするとエンジンをかけなおさなければいけない。このことと比較すると、移動中にやり終えておいてよかったと就寝前に思えるはずだ。

その習慣は今でも私の中に色濃く残っており、地方仕事の往復では時間的余裕の有無にかかわらずアンケートや本読みなどに集中して取り組むことのできる安心感のある場所となっている。

さらに、移動中に爆睡してしまって家に帰ってからうまく寝付けないという「長距離移動あるある」が解消されるメリットもあるだろう。

そしてもう一つは、環境音である。環境音とは、音として存在しているものの私たちが気になっていない音のことだ。日常においては他人の話し声やカフェのBGM、雨音などが挙げられる。

新幹線の車内では乗客の多くが静寂を求めているため、走行音やトンネルに反響する音、車内アナウンスといった心地よい環境音の数々がさらさらと耳を通り過ぎながら集中力を高めてくれる。

しかしながら、私は信じられないほどに集中力が続かない性質であるため、その環境音に意識がいってしまうこともしばしばである。

“Welcome to the Shinkansen. This is the NOZOMI Super Express bound for Tokyo.” という一文から始まるドナ・バーク氏の言葉たちは、数年間の長距離移動の中で脳裏にしっかりと焼き付いた。

その結果、テストのリスニング問題を聞き覚えだけで正解できてしまったり、モノマネの着眼点がいいねとお褒めの言葉をいただいちゃったりという幸運にも巡り合えた。なんとも申し訳ない経験であるが、集中に欠く時間も自分の糧にできるという点でも、新幹線車内の時間を存分に楽しんでもらいたいと思うのだ。